イエス・マイセルフ

自分の本質を感じて幸せな生き方を選ぶためのブログ

ブログを始めるにあたり

 

モノにも情報にも恵まれた豊かで便利な時代ですね。

進化とアップデートを繰り返し、生活の利便性が高まり続けています。

 

そんな中、何故だか心苦しく、生きづらさを抱え生きていらっしゃる方が増えているのも実際だと思います。

 

沢山の生きづらさを抱え、何のために生きているのだろう、生きる価値ってなんだろう?自分を愛するってなんだろう…?

なんとなく、そんな言葉を繰り返してはいませんか?

 

生活にかける手間は省かれ、然程苦労せずとも、情報もモノも入手出来るありがたい世の中。

 

一方で、自分自身の心を置き去りにし、心の中にある豊かさを忘れてしまいがちな世の中であるとも言えるのかもしれませんね。

 

残念ながら、ご存知の通り、依然、うつ状態に陥ったり、最悪の場合、自ら命を絶つ選択をする方も少なくありません。

 

自分の豊かさや価値を感じること、心で感じるものを大切に生きることが難しい世の中でもあるのかもしれません。

 

私は、長期うつ病の罹患経験があり、苦しみの中に在ると同時に、何故世の中は進化し続けているにも関わらず、自ら命を絶つ人は減らないのかという疑問も抱えていました。

 

私自身も生きづらさや葛藤、苦しみや不自由さで押しつぶされるように過ごしていたんですね。死を選んでしまったほうが楽になれるのではないかと思ったことも何度とありました。

 

それでも、安定して客観的に世の中を見ている時に、そういった選択をしないで欲しいと願う気持ちはありました。一見、矛盾していますけれどもね。

 

 

そんな私も、回復の兆しを見せ始め、ご縁を通して、自分と向き合うことを続けるようになりました。

 

自分と向き合っていく中で、色んなことが紐解かれ、新たな学びを得ることにも繋がりました。

 

今では、自ら複雑な迷路を創り出して飛び込んで行ってたのだな~、と、過去の自分を笑える時もあります。

 

万人に共通することではないからこそ、私自身の経験を通して、似たような経験や気持ちをお持ちの方と、何かしらシェア出来ればと思い、ブログで綴っていくことにしました。

 

自分と向き合っていく中で、気付いたこと、感じたこと、学んだことなどもシェア出来たら嬉しいなと思っています。


まだ自分もその過程であり、これからも継続したいと思っていること、それが、このブログのタイトルにある、イエス・マイセルフという精神です。

 

どんな自分にもイエスを言い、認めながら、ひとつひとつ階段を昇っていく。

そして、そうそう、こんなことしたかった、こんなことしてる自分イエス!してない自分イエス!そう言って過ごせるようなイメージです。

 

自分にイエスを言えることは、新たな行動を取り入れる、楽しいことに没頭して生きる、静かに穏やかに過ごしていく、ただそこに在る、どんな場面でも大切だと感じています。

 

今はまだ、どのように展開していけるのか、わからないままでもありますが、続けていく中で、自分らしく綴れるようになっていきたいと思っております。

 

 

必要とする方と、或いは、必要な人同士が繋がっていくことを祈りつつ。

 

 

わたしに還る物語

 

少女は、そのやんちゃな素振りに見合わず、生まれつき肌が弱く、時には紫の塗り薬まみれに、時には包帯まみれになりながら、母親とせっせと皮膚科に通っていた。

 

そんな彼女に母親が与えたのは、薬局で購入した少し良質な石鹸と綿100%の”HADAKA”の肌着だった。少女はその石鹸の香りが大好きで、肌にしっとり馴染む綿100%の感触も好み着用していた。

 

思春期を迎える頃、彼女はショックな出来事に遭遇することになる。

 

「体を洗うのに石鹸はダサイよね。ボディーソープだよね。綿100%とか”HADAKA"のはダサイよね。”HADAKA"は恥ずかしいよね。」

大人への階段をのぼろうと”おしゃれ”や”流行”を追いかけている女子の間で、明るく皆に愛されている、とあるクラスメイトの言葉だった。

 

少女は1度経験した”つまはじき”をまた味わいたくない、ダサイ人間でつまはじきにされるのはゴメンだと、恐れの感情を抱いていた。

 

自宅に帰り、母にはもう”HADAKA"の肌着は買ってこないでと頼み、石鹸をやめてボディーソープと洗顔フォームを使用するようになった。

 

使い慣れてしまうと、思いのほか便利なものに感じて、自然と自分もそういったものが好みだと思い、当たり前のように使い過ごしていた。

 

大人になり彼女は病気を煩い、ステロイド治療を余儀なくされた。病気は完治したものの、免疫力が下がり、思春期に悩まされたニキビと再び格闘する日々が続いた。

 

ニキビケア用に勧められた肌に優しいスキンケア商品を使うものの、このまま続けるのは経済的には負担、低コストで自然なものを取り入れたいと、オーガニックのスキンケア商品を取り入れることにした。

 

時の流れも手伝い、豊富な種類の数々の石鹸が世に溢れ、その頃彼女が好んで使用していたのはあのダサかったはずの固形石鹸だった。

 

冬、大人になった彼女は寒さ対策のためにインナーウェアを着用していたが、間もなくして、体の異変に気づいた。肌にポツポツと発疹ができ、痒みが現れるようになったのだ。

 

自身の感覚を失いながら過ごし、本来の自分の感覚を取り戻そうと向き合い始めて暫く経ったある日の出来事だった。

 

彼女は、このままこのインナーウェアを着続けることは出来ないと判断した。

肌が嫌がっている…。

暫くして”自分の肌が求めているのは綿100%だ”

ー彼女はハッキリと自覚した。

オーガニックコットン100%”の言葉が頭に浮かんだ。

 

 

ーその後彼女は、母が与えてくれた愛と優しさを胸に、今度は自分の意思で、”石鹸”を使用し、”オーガニックコットン100%”の衣を着用している。

 

皮肉にも人にダサイと言われてやめた石鹸もコットン100%も、ずっと自分の体が求めていたもので、それは最初から与えられていたものだったのだ。

 

彼女は、そっと、きゅっと、軽く唇を噛み締めた。

ー人と違うことを恐れ、自分の体にも地球にも優しくないものを選んでしまっていたのだと。

 

少女は昔から知っていたのだ。体質も含めた”自分の性質”というものを。